串呂哲学研究ノート

神皇正統家に極秘で伝承された、地文に秘められた皇統史「神風串呂(串呂哲学)」を紹介しながら、日本神界の経綸を研究・考察していきます。興味のある方は挙って参加してください。ご一緒に研究・考察しましょう。
北陸朝廷(串呂哲学研究ノート19)
『太平記』巻17の8によれば、延元元年(1336年)10月9日、比叡山において受禅の儀が行われたと出ています。後醍醐天皇は比叡山に於て譲位されたということです。
九日は事騒(さわがし)き受禅(じゆぜん)の儀、還幸(かんこう)の装(よそほい)に日暮(くれ)ぬ。(太平記巻17の8)
三浦皇統家に伝承された系図によると、延元元年(1336年)10月9日、比叡山に於て三浦家の遠祖である大統宮守永親王(おおとうのみや もりながしんのう=興国天皇)が後醍醐天皇から皇位を継承したと書かれてありました。
この三浦家の系譜を裏付けるように、新田義貞・脇屋義助らに奉戴されて北陸に落ちて行った新天皇が、天下に号令をかけた文書が3通残っています。それは、白河文書(結城文書ともいう)2通と「得江文書(白鹿二年行貞奉執達状)」と呼ばれる感状です。(詳細は後述します)
これらのことから、当時、北陸・東北方面に新田氏らに擁立された天皇を戴く朝廷が存在したことは明らかであるという視点に基づき、要点のみを指摘し、詳細は歴史の専門家に委ねたいと思います。
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神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王

神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。

| 北陸朝廷 | 12:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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