串呂哲学研究ノート

神皇正統家に極秘で伝承された、地文に秘められた皇統史「神風串呂(串呂哲学)」を紹介しながら、日本神界の経綸を研究・考察していきます。興味のある方は挙って参加してください。ご一緒に研究・考察しましょう。
皇大神宮内宮と応神天皇御陵とを結ぶ神風串呂(串呂哲学研究ノート34)
串呂の主宰神が設計された青写真
神風串呂には、串呂の主宰神が設計された青写真がある。
三浦芳聖から直接、串呂哲学の手ほどきを受け、ほぼ半世紀にわたって串呂哲学を研究して参りました私は、そのように確信しています。神風串呂史観と名付けました。
今回は、串呂主宰神を祭神とする⛩皇大神宮内宮(伊勢市)と応神天皇御陵(羽曳野市)とを串線する神風串呂をご紹介します。
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https://note.com/quanro/n/ndef9d86bdd48
 
神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王

 

神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。

 

| 皇大神宮内宮 | 11:18 | comments(0) | - | pookmark |
玉置山 伊勢の内宮 串すれば 我が日の本の 元ぞ知らるる(串呂哲学研究ノート27)

串呂を解明するためにこの世に派遣されたといってもよい三浦芳聖の晩年の住所は、一体いかなる串呂上だったのか?ご興味があるかと思います。

今回は、三浦芳聖晩年の住所であった愛知県豊川市市田町諏訪林37番地(諏訪町2丁目)に関する串呂をご紹介します。

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神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王

 

神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。

 

| 皇大神宮内宮 | 12:39 | comments(0) | - | pookmark |
皇大神宮内宮から「佐久」を鑑る! (串呂哲学研究ノート6)

目次

1、「大御神」という地名が存在した!

2、【予備知識】後醍醐天皇以降の皇統について

3、「皇大神宮内宮」と「佐久」の串呂

4、この神風串呂の哲学的考察

 

 

1、「大御神」という地名が存在した!

 

「皇大神宮内宮」と「佐久」(浜松市天竜区)とを結んで東西に延長しますと、静岡県駿東郡小山町の「大御神」という地名が串呂していました。おそらく日本で唯一の地名だと思います。この「大御神」という地名は「天照大御神」を表す地文だと思います。一体この神風串呂はいかなる天啓であるのでしょうか。ご一緒に考察いたしましょう!

 

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https://note.mu/quanro/n/nd1e2e91179bb

 

 

 

神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王

神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。
| 皇大神宮内宮 | 11:42 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
皇大神宮内宮から藤太夫島を鑑る! (串呂哲学研究ノート5)
目次
1、「皇大神宮内宮」から「藤太夫島」を鑑定する
2、【予備知識】後醍醐天皇以降の皇統について
3、皇大神宮内宮と藤太夫島の神風串呂
4、この神風串呂の哲学的考察

1、「皇大神宮内宮」から「藤太夫島」を鑑定する
「串呂哲学研究ノート癸粥では、二所の宗廟(皇大神宮内宮と石清水八幡宮)から牧平大門を鑑定する下記の神風串呂をご紹介しました。
(1)皇大神宮内宮から牧平大門への神風串呂
「皇大神宮内宮」−「二見浦夫婦岩」−「佐久島」−「牧平町大門」
(2)石清水八幡宮から牧平大門への神風串呂
「龍子」―「石清水八幡宮」―「三浦芳聖降誕地」―「佐久」―「藤太夫島」―「安房大神宮」
今回はこの「皇大神宮内宮」から「石清水八幡宮と牧平大門の串呂」線上の「藤太夫島」を鑑定するという視点での神風串呂をご紹介します。上記二本の神風串呂が「論証の神風串呂」であるのに対し、この「皇大神宮内宮」から「藤太夫島」を鑑定する串呂は、いわばダメ押しの関連リンクを念のため確認するという串呂ですので、傍証の神風串呂といいます。詳しくは「串呂哲学とは(2) 串呂哲学研究ノート癸 」の「串呂哲学の解読法4、実証・論証・傍証の串呂」を参照ください。

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https://note.mu/quanro/n/n09874d53e2c9
神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王

神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。
| 皇大神宮内宮 | 11:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |