串呂哲学研究ノート

神皇正統家に極秘で伝承された、地文に秘められた皇統史「神風串呂(串呂哲学)」を紹介しながら、日本神界の経綸を研究・考察していきます。興味のある方は挙って参加してください。ご一緒に研究・考察しましょう。
大宝天皇(美良)号宗心・後称三浦藤太夫(串呂哲学研究ノート13)

目次

1、概説

2、【予備知識】後醍醐天皇以降の皇統について

3、愛知県岡崎市切越町に隠棲

4、皇威の回復を熱祷祈願・大般若600巻を念書

5、天照大御神の御神諭により牧平大門に移住

6、大宝天皇の御製について

7、皇后三浦佐久姫

8、寺野ちち薬師と大楠

9、藤太夫島(とうだゆうじま、静岡県藤枝市本郷)

10、桜井寺に残る古文書

11、串呂上の符号、隠文、異名など 

12、関連した神風串呂など

 

大宝天皇、諱は美良(よしなが)号宗心、後称三浦藤太夫、南朝正統を主張した三浦芳聖の遠祖で、神皇正統第百代の天皇。応永元(1394)年、遠州京丸(静岡県浜松市天竜区春野町京丸)にて御降誕。

御父松良天皇、御母長慶院法皇の王女綾子姫。応永171410)年、豊川市萩町にて、御父松良天皇より譲りを受けて践祚。皇后は富士大宮司家の第61世の嫡女三浦佐久姫。

 

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https://note.com/quanro/n/nabc30ed1e918

 

 

神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王

 

 

神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。

 

 

 

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| 大宝天皇 | 11:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
雲南市の大宝と新見市の天王の神風串呂 (串呂哲学研究ノート12)

目次

1、天皇を鑑定する重要串呂起点「矢田の天王」

2、【予備知識】後醍醐天皇以降の皇統について

3、雲南市の大宝と新見市の天王との神風串呂

4、この神風串呂の哲学的考察

岡山県新見市哲西町矢田に「天王(てんのう)」という地名が有ります。

非常に小さな地名ですが、中国地方のほぼ中央に位置し、天皇を鑑定する重要串呂起点になっていますので、八咫の鏡にちなんで「矢田の天王」と尊称して重要視しています。

この「矢田の天王」から串呂すると、本当に天皇であったのか、或いは、どのような天皇であったのかという真実が明らかになるのです!

今回は、この「矢田の天王」と神皇正統第百代大宝天皇(美良)を表わす、島根県雲南市吉田町川手「大宝」とを結ぶ神風串呂をご紹介します。

 

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https://note.com/quanro/n/n4770569dda1c

 

 

神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王

 

 

神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。

 

 

 

 

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| 大宝天皇 | 10:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
三種の神器を昭示する地文と大宝天皇 (串呂哲学研究ノート11)

目次

1、吉永町(岡山県備前市)の奇跡

2、吉永町(和気郡)の成立(昭和23111日)

3、和気郡吉永町加賀美の成立(昭和2931日)

4、吉永町は大宝天皇(美良)を昭示する地文

 

上記の地図で明らかなように、皇位の継承に必要な「三種の神器」をあらわす地名「加賀美(鏡)都留岐(剣)多麻(玉)」が一つの町内に隣接して存在しています。その町とは岡山県備前市吉永町です。

この備前市吉永(よしなが)町は、戦後に出来た新しい町名ですが、二所の宗廟から牧平大門を鑑る!「藤太夫島」 と「佐久島」(研究ノート癸粥砲任款匆陲靴拭崟仞郷緘幡宮」と「牧平大門」の串呂を、さらに西方に延長すると、その串呂線上に存在する町で、大宝天皇(美良・よしなが)を表す地文です。

「加賀美、都留岐、多麻」は、奈良時代に出来た歴史の古い地名のようですが、地名のできた由来は分かっていません。今回は、この岡山県備前市「吉永町」にある、三種の神器をあらわす地名についてのご紹介です。

 

 

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https://note.com/quanro/n/n045ac524cdd3

 

 

神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王

 

 

神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。

 

 

 

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| 大宝天皇 | 11:26 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
大宝天皇の御製を昭示する神風串呂 2(串呂哲学研究ノート10)

目次

1、大宝天皇御製の神風串呂(歌垣山)

2、【予備知識】後醍醐天皇以降の皇統について

3、大宝天皇御製の神風串呂(2)

4、この神風串呂の哲学的考察

5、なぜ西山聖地なのか!

 

1、大宝天皇御製の神風串呂(歌垣山)

大阪府豊能郡能勢町倉垣に「歌垣山」という標高554mの山があります。この歌垣山は、『万葉の時代より男女が集まり「歌合わせ=かがい」が行われた山で、関東地方の筑波山、九州地方の杵島岳と並ぶ歌垣三山のひとつである(『ウィキペディア(Wikipedia)』歌垣山)』とでています。

 

不思議なことに、この歌垣三山のひとつである能勢町の「歌垣山」が、大宝天皇の御製(大御歌)を昭示すると思われる串呂上に存在しているのです。

 

神風串呂に昭示されていると思われる大宝天皇の二つ目の御製(大御歌)は「ほのぼのと明けゆく空を眺むれば月ひとりすむ西の山かげ」(真弓月)という和歌で、愛知県豊田市黒田町仲根の正寿寺には、大宝天皇が念書された「大般若経600巻」のうちの3巻と、「真弓月」という題の大宝天皇御製の宸筆の短冊が、御愛用の硯と共に現存しています。今回は、この大宝天皇の御製についての神風串呂をご紹介します。

 

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https://note.com/quanro/n/n2751d11cde58

 

 

神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王

 

 

神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。

 

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| 大宝天皇 | 10:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
大宝天皇御座所跡(切越町)と御在所山の神風串呂 (串呂哲学研究ノート9)

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目次

1、日本一最高の三重県三重郡の「御在所山」

2、【予備知識】後醍醐天皇以降の皇統について

3、大宝天皇御座所跡(切越町)と御在所山の串呂

4、この神風串呂の哲学的考察

 

1、日本一最高の三重県三重郡の「御在所山」

 

御在所山(ございしょやま)は、ウィキペディアには、日本全国に6ヶ所存在すると出ています。この御在所山は、何様がおわしますか?(何様がいらっしゃいますか?、どなた様のどんな行在所ですか?)を鑑定する重要串呂起点であります。その御在所山の中で三重県三重郡の「御在所山」は、標高1212mあり、詳細は【地文の解釈】で述べますが、歴史(地誌・地歴)的にも霊的にも地文の上からも、名実ともに最高の御在所山であります。

 

今回は、この三重県三重郡の日本一の御在所山から神皇正統第百代大宝天皇16年間の行在所「愛知県岡崎市切越町」とを結ぶ串呂のご紹介です。

 

大宝天皇御座所跡

『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』第七章286-2頁より転載
(大宝天皇御座所跡 円内は大宝天皇の神霊写真)

 

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https://note.com/quanro/n/n02447a3ff907

 

 

神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王
神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。

 

| 大宝天皇 | 09:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
大宝天皇の御製を昭示する神風串呂 (串呂哲学研究ノート8)

目次

1、串呂に昭示されている大宝天皇の御製

2、【予備知識】後醍醐天皇以降の皇統について

3、大宝天皇御製の神風串呂(1)

4、この神風串呂の哲学的考察

 

 

大宝天皇御製の神風串呂(クリックすると拡大します)

 

1、串呂に昭示されている大宝天皇の御製

神皇正統第百代・大宝天皇は、神皇正統家の最後の天皇であるためか串呂に昭示されていると思われる御製(大御歌)が二首ある。この御製には、昭和61931)年、文部省から『歴代天皇御製集』が発行されることになった時、三浦芳聖が元宮内大臣の田中光顕に嘆願して「長慶天皇の御製」として掲載されたという経緯がある。その一つは「九重の砌をめぐる三河水住み越し末は絶えじとぞ思ふ」という御製で、今回は、この大宝天皇の御製に関わる神風串呂をご紹介します。

 

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https://note.com/quanro/n/n254f337c8eec

 

 

神皇正統 三浦皇統家 系図(しんのうしょうとう みうらこうとうけ けいず)
後醍醐天皇
−尊良天皇−興国天皇−小室門院¬
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−大宝天皇−−−−−三浦芳聖
−義良親王――――――寛成親王−綾子皇后−大宝天皇
−宗良親王――――――小松天皇−松良天皇−光良親王−−−−睦仁親王

神皇正銃の天皇が天の岩戸篭りした事が地文に秘められていると理解されたとき串呂哲学の要諦が一気に解明されたのであった。
| 大宝天皇 | 09:13 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |